2014年08月08日

肘折温泉(2)肘折温泉街〜下駄の音響く朝市編

>「肘折温泉(1)四ヶ村棚田〜佐藤三治のブラジルこけし望郷編」の続き。肘折温泉の朝は早く、朝6時頃の温泉街では既に賑やかな朝市が開かれてました。連日のように猛暑が続くこの時期ですが(高速道路では気温38度を表示)、肘折の朝晩は涼しくて心地が良いです。
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浴衣にハットという怪しげな姿でぷらぷらと朝市を見物していたら、「ミュージシャンの大沢さん、いつもどーも!」と別宿の女将さんに挨拶されたので、咄嗟にどうもと返しましたが、ミュージシャンの大沢さんが誰かは未だに不明です。
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肘折温泉街の朝市では、朝採りの野菜や果物、キノコなど季節の山菜、しそ巻き、南蛮味噌、笹巻き、くじら餅などが販売されており、カランコロンと下駄の音を響かす湯治客の姿も。昔ながらの東北の情景と心温まる人々の営みがこの土地には残ってました。
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「日本有数の豪雪地帯で有名な肘折温泉。冬季は積雪のため交通が遮断され、春が訪れるまでの数ヶ月間は陸の孤島となり...」 云々と古い文献に書かれた内容が頭にあったため、当初は藁葺き屋根が並ぶような戦前の温泉街を想像しておりましたが、実際に訪れてみると商店も観光客も多く賑やかな土地でした。東北の山深い温泉にもWi-Fiの電波が繋がる時代ですから、昔ながらの湯治場であった肘折温泉にも否が応でも近代化が進むことは止むを得ない状況ですが、この温泉街の其処彼処では古きよき昭和時代の面影を残した風景を目にすることができました。
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こちらも歴史深い老舗の横山仁右衛門商店。明治35年に尾形の店と決別した佐藤周助のこけしは主にこの商店で扱われていました。床下を探したら古いこけしが出てきたりして...と微かに期待してみたり。
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さばね屋さんでは、中島正の猫目こけしや、ブラジルに移民した佐藤三治のこけしなど発見。
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温泉街の至る場所で、通称ウンチコケシこと、肘折系こけしを代表する奥山運七こけしのモチーフを目にしました。一人勝ちの様にも思えますが、現在この意匠を継いだこけし作者は鈴木征一さん一人だけの状況です。
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丸屋旅館。今回の第一候補でしたが、既に予約で満室でした。
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旧肘折郵便局。昭和12年に当時の近代建築の粋を集めて建設されたこの建物は、平成12年まで現役だったそうです。現在は朝市の時に開いて無料でコーヒーが配られます。後で気付きましたが、窓の格子がさりげなく「〒型」の意匠になってます。
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かつての最上木工所(尾形政治商店)だった跡地では、現在、精肉店と土産物店が営まれています。明治33年(工場は大正4年)から工場閉鎖の昭和4年まで、多くの木地職人(奥山運七、佐藤周助、佐藤文六、佐藤丑蔵、佐藤三治、鈴木幸之助、奥山喜代治など)がこの場所で働き、湯治客に向けた温泉土産の木地製品のほか、漆器の塗下などを生産。昭和46年に商店が解体された際には、床下から古肘折のこけしと木地玩具が何点か発掘されました。(『木の花』 6号7号 「古肘折追求」) ...そして現在、尾形氏の家系は肘折の土地を離れて関東に移住。工場跡地である佐々木商店にて、肘折名物くじら餅と温泉饅頭をお土産に購入して、往年の最上木工所があった場所を後にしました。
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温泉街の裏路地にて、かつて運七こけし作者の一人であった奥山庫治さんの店舗跡を発見。工人なき現在も看板だけ残っていました。在りし日の思い出を語るかの如。
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無料の足湯に浸かりながら、朝市で買った朝採れのトウモロコシを味わいました。今旅の提案者で長距離を運転してもらった村野さんと。
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朝市を満喫した後は、再び鈴木征一さんのこけし工房にお伺いしました。旅行前に連絡して木取り(玉取り)をお願いしていた木地で、少し変わったこけしを製作いただくことに...>「肘折温泉(3)鈴木征一さん工房〜チョンマゲこけし製作編」 に続く。

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jetlink_roki at 19:42│カテゴリ_01:食&旅 | カテゴリ_02:玩具/kokeshi&toys