2014年08月

2014年08月30日

海外ドラマ『ブレイキング・バッド』、映画『フォーリング・ダウン』(1993)

改めて、先日無事に退院しました。
病名は、ストレス性の急性胃腸炎でした。救急車に乗ると希望の病院を選べないので、時には知らない土地の病院に運ばれることも。そのどこだか知らない病院にて、数日間ノンストップで点滴を処置されて元気になりました。本人からしてみれば毎日楽しく過ごしてたつもりだったのにストレス性とは...そこが人生の面白くもあり不思議な部分です。そして、退院一発目にレンタルした映画はベン・スティラー主演の 『LIFE』 でした。
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話題の海外ドラマ 『ブレイキング・バッド』 をシーズン3まで鑑賞。
肺癌で余命2年を宣告された主人公の科学教師が麻薬製造など犯罪に手を染めていくストーリー。SPゲストのダニー・トレホ登場におっ!と思ったのも束の間、管理人のかわいい娘がアレしちゃったり、奥さんもアレな雰囲気で、全体的に暗〜い展開に。当初は後述の映画 『フォーリング・ダウン』 のマイケル・ダグラス級ブチ切れ作品を期待してましたが、主演俳優ブライアン・クランストンは見事な ”静の名演” を見せてくれます。

平凡なサラリーマン役マイケル・ダグラスが、真夏の猛暑にぶち切れ。最後にはバズーカーまでぶっ放して狂い咲くストーリーの爽快映画 『フォーリング・ダウン』(1993)。 毎年夏の時期になると観返したくなります。日々ごく普通の生活を送っている我々社会人が常日頃から抱き続ける ”世の中をぶち壊したい願望” をこの映画の主人公が代弁ないしは達成してくれる心地良いカタルシスが、地味ではありますがこの作品が映画ファンに根強く愛され続けている理由かもしれません。

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DJやついいちろうさん(エレキコミック)のインスタより。
映画 『時計じかけのオレンジ』 をモチーフにした”ALEXANDER” Ace Tシャツを着用いただいてました。
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もう一枚、やついいちろうさん。松村さんと。

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ちなみに、ROKIUNIFORMS/JETLINK ”ALEXANDER” シリーズのネーミングは、俳優パトリック・マギー演じる悲劇の作家ミスター・アレクサンダー氏がモチーフです。
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1970年代に公開された近未来バイオレンスSF映画をテーマに、人気アニメ 『かよえ!チュー学』(かよチュー) のイラストレーターJUN OSONさんとタッグを組んだ ”ALEXANDER” シリーズ第二弾です。秋頃にはシリーズ久々の新作を予定してます。お楽しみにどうぞ。 http://www.jetl.com/roki_alex6.html

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2014年08月27日

山形県米沢市の相良人形工房訪問「猫に蛸」ver.Kokeshi製作記

今年の5月末に、山形県米沢市で 「相良人形」 を製作されている八代目作者・相良隆馬さんのお宅兼工房を訪ねました。「ジェットリンクの民芸」からも過去に何度か頒布させていただいた相良人形は、江戸時代から続く伝統的な郷土玩具の土人形です。
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玄関に入ると、ずらりと並んだ鮮やかな色彩の相良人形にお出迎えされます。先代の七代目相良隆さん、八代目相良隆馬さんの作品です。中でも人気の「猫に蛸」は、『週間文春』の表紙デザインにもなりました。
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工房にも200種類以上の意匠ともいわれる相良人形の見本が展示。京都の伏見人形と仙台の堤人形の影響を受けながらも、独特の土人形を作り上げた相良人形は ”東北の三大人形” の一つに数えられています。
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人形の制作過程は、(1)粘土を型抜き作業、(2)乾燥作業、(3)素焼作業、(4)胡粉で素地を整える、(5)彩色の順。これら全ての工程が職人による手仕事で行われます。
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型抜きでは共通の型を用いますが、一つとして同じものにはなりません。素焼の作業は約800度の高音で焼き上げます。絵付けの土台となる胡粉の調合は配合が微妙であり、人形の出来上がりを大きく左右する所なので細心の注意が必要となります。
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絵付け作業中の相良隆馬さん。
人形の顔を描く作業は、職人の技量が明確に表れる重要な工程です。彩色には、歴代の古相良人形との絵具の素材の違い、作者によっての色彩感覚の相違が端的に表れます。全体を通して全て手作業であるのは今も昔も変わりませんが、道具、素材、燃料、作業環境、人間に違いがあり、それが現代の相良人形の個性とつながってます。
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山形県庄内米のもち米を原料とした名物の「笹巻き」(実家の新潟では「ちまき」と呼ばれてます)、お庭で採れたてのアスパラガスなど、相良さん宅にて手作りの美味しいお料理をご馳走になりました。
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山形にご旅行の際は、相良さんの工房にぜひお立ち寄りください。

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JETLINKの ”こけし柄ニャンコ” 猫のたまちゃんをモデルに...
『こけし辞典』の橋本正明さんによれば蔵王高湯系のブチだそうです(笑)

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JETLINK別注デザイン版「猫に蛸」の製作を相良さんにお願いしました。

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そして、完成したものがこちら。
こけし顔&こけし模様の「猫に蛸」ver.Kokeshiです。

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「ジェットリンクの民芸」 初秋の新作は、山形県米沢市で古くから伝統として受け継がれてきた相良人形「猫に蛸」です。今回は、八代目作者の相良隆馬さんにジェットリンク別注デザイン版 「猫に蛸ver.Kokeshi」 を製作いただきました。JETLINKの ”こけし柄ニャンコ” 猫のたまちゃんをモデルに、こけしの髪型と、こけし柄ブチが新たな意匠として描かれます。懐かしさの中に新しい風を感じさせるジェットリンクの郷土玩具をお楽しみください。今週末の8月31日(日)20:00より、野地三起子さんのこけしと同時に頒布開始させていただきます。
http://www.jetl.com/mg14_nekotako1.html

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2014年08月20日

肘折温泉(3)鈴木征一さん工房〜チョンマゲこけし製作編

>「肘折温泉(1)四ヶ村棚田〜佐藤三治のブラジルこけし望郷編」、
>「肘折温泉(2)肘折温泉街〜下駄の音響く朝市編」の続き。
山形県肘折温泉の朝市を満喫した後は、再び鈴木征一さんのこけし工房にお伺いしました。こちらの作業場も朝が早く、朝市が始まる前の早朝5時にはこけしの木地挽きを始められてます。旅行前に木取りをお願いしていた木地でこけしを製作していただくことに。
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最初の工程は、こけし頭部の製作。今回は特注でこけしの頭に音の鳴る ”ガラ” を入れてもらうことにしました。木地を轆轤(ロクロ)の専用台座に嵌めこみ、頭頂部にガラを入れる穴を開けます。
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頭の中に入れるガラガラの正体がこちら...なんと小豆です。終戦前後は、その辺に落ちていた ”銃弾の薬莢” を入れたものもあったとか。どんな音だったのでしょう。
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頭部の空洞に小豆ガラの投入完了。その後、切り口に接着剤をつけて、穴と同じ直径の木片で頭頂部を塞ぎます。仕上げ後の木地は、継ぎ目が見えないくらいの綺麗な仕上がりとなります。
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胴体に嵌め込む凸型の部分を削り出して、頭部の完成。
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続いて、こけしの胴体製作。”ばんかき” と呼ばれる鉋(かんな)を一本だけで、絶妙なエンタシスの曲線を描いた美しい木地が見る見るうちに形成されていき、均衡の取れた鉋溝(かんなみぞ)も入ります。
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無より有いずる。こけしがまだ子供の玩具であった昔の話。里で生活する農民は、山に住む木地師を忌み畏れて自分たちの日常から分け隔てる一方で、神の器を作り出す木地師たちに対して信仰のそれに近い畏敬の念を抱きました。湯治土産だったこけしは子供の玩具であると同時に、里の者(農民)と山の者(木地師)を繋ぐ媒介としての役割も担っていました。

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工房の2階。普段ほとんど人を入れないこけしの描彩部屋です。
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昔は気持ちが静まる夜間に描彩をされていたそうですが、最近は夜の作業がきつくなり昼間に描かれてるとのこと...とお話をしながらも、長年の経験で培われた正確な筆致と筆速でこけしが描かれていきます。

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最後は、こけしの表面にロウを挽く仕上げ作業。ロウ掛けの有無に関しては各人の好みですが、今後の保存や取り扱いを考えると薄めにでもロウが挽いてあったほうが良いと思います。
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ふわっと一瞬煙を上げて、こけしの頭と胴体が繋がる瞬間。こけしが誕生する場面は何度見てもワクワクと心躍ります。
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そして、鈴木征一作・喜代治型ちょんまげこけし6寸が完成(笑)鈴木さんの師匠の師匠である奥山喜代治氏がかつて製作した木地玩具「福車」の意匠を参考に、チョンマゲ頭の福助顔を描いていただきました。木地形態および胴模様は、古肘折の柿崎藤五郎型。こけしの頭を振るとザッザッと小豆ガラの音が心地良く響きます。作者の鈴木征一さんいわく 「なんだか弥次郎っぽい顔になったなー」 とのことですが、なかなかカワイイ出来だと思います。旅の良き思い出のひとつとなりました。

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またいつの日か、
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アイルビーバックしたいところですが、
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遥かなれども夢にまでみた肘折の地は、なかなか遠かったです(完)

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ジェットリンクの民芸」より、初秋の新作玩具をお届けします。福島県土湯温泉における木地屋の源流である湊屋系・佐久間由吉型こけしの伝統を受け継いだこけし工人野地三起子さんに、父野地忠男型 「シルクハットこけし」 と 「みそだまこけし」 二本組を製作いただきました。こけしの描彩及び木地形態ともに蒐集家の方向けに丁寧に仕上げていただいたジェットリンクの別注品をお楽しみください。今月末の8月31日(日)20:00より頒布開始させていただきます。お見逃しなく。 野地三起子/野地忠男型シルクハット&みそだまこけし二本組

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2014年08月12日

追悼ロビン・ウィリアムズ/メメント・モリ〜いまを生きる

今朝のNEWSで米国俳優ロビン・ウィリアムズの訃報を受けました。
『グッド・ウィル・ハンティング』、『フィッシャー・キング』など、数ある彼の主演映画の中でも意外なところですが 『ジュマンジ』(1995年公開) が特に印象深い作品です。もう20年も前の話ですが、19歳の頃に初めて付き合った女性と錦糸町の楽天地シネマで鑑賞。映画の内容よりも、上映中に初めて彼女と手を繋いだロマンチックな思い出が今も強く心に残ってます。

私たちがこの世で「生」を受けた時点から回避できないものが「死」です。また死は常に自分と共にある家族のように身近な存在でもあり、いつか訪れる「未来の死」を意識あるいは受容することによって、「現在の生」をより豊かに享受することができます。残り僅かな余命を宣告された人が突然生き生きと輝き出す理由もそこにあるのかもしれません。私自身も3年前に大病を患ってから死を身近に意識するようになりました。そして、人間は他者や身内の死によって自分の死を考え、現在の生を見つめ直す大切な機会を与えられます。ラテン語のメメント・モリとは 「自分がいつか死ぬことを忘れるな」 という意味。

その彼女と二度目に鑑賞した映画は、奇しくも同じロビン・ウィリアムズ主演 『いまを生きる』(1990年公開) の再上映でした。演説の壇上の如く、机上に立ち上がった彼は 「君たちの昔の思い出も感傷も全ては過ぎ去った死である。少年たちよ!今この瞬間を生きよ!」 ...と、以上は私の勝手なセリフですが、最期まで自身の死生観と対峙したロビン・ウィリアムズ本人がキーティング先生のように思えてなりません。
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死に挑まれ、それにどう挑むかが我々人間の価値である。
自分の判断が不安なときは死に聞くことである。
この決定で今死んでもいいか?と。そうすれば行動に力が生まれる
カルロス・カスタネダ

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【追記】 ロビン・ウィリアムズは初期のパーキンソン病を患っていたとのこと。
マイケル・J・フォックスとの貴重な2 ショットです。Back to the future Facebookページより

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2014年08月08日

肘折温泉(2)肘折温泉街〜下駄の音響く朝市編

>「肘折温泉(1)四ヶ村棚田〜佐藤三治のブラジルこけし望郷編」の続き。肘折温泉の朝は早く、朝6時頃の温泉街では既に賑やかな朝市が開かれてました。連日のように猛暑が続くこの時期ですが(高速道路では気温38度を表示)、肘折の朝晩は涼しくて心地が良いです。
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浴衣にハットという怪しげな姿でぷらぷらと朝市を見物していたら、「ミュージシャンの大沢さん、いつもどーも!」と別宿の女将さんに挨拶されたので、咄嗟にどうもと返しましたが、ミュージシャンの大沢さんが誰かは未だに不明です。
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肘折温泉街の朝市では、朝採りの野菜や果物、キノコなど季節の山菜、しそ巻き、南蛮味噌、笹巻き、くじら餅などが販売されており、カランコロンと下駄の音を響かす湯治客の姿も。昔ながらの東北の情景と心温まる人々の営みがこの土地には残ってました。
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「日本有数の豪雪地帯で有名な肘折温泉。冬季は積雪のため交通が遮断され、春が訪れるまでの数ヶ月間は陸の孤島となり...」 云々と古い文献に書かれた内容が頭にあったため、当初は藁葺き屋根が並ぶような戦前の温泉街を想像しておりましたが、実際に訪れてみると商店も観光客も多く賑やかな土地でした。東北の山深い温泉にもWi-Fiの電波が繋がる時代ですから、昔ながらの湯治場であった肘折温泉にも否が応でも近代化が進むことは止むを得ない状況ですが、この温泉街の其処彼処では古きよき昭和時代の面影を残した風景を目にすることができました。
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こちらも歴史深い老舗の横山仁右衛門商店。明治35年に尾形の店と決別した佐藤周助のこけしは主にこの商店で扱われていました。床下を探したら古いこけしが出てきたりして...と微かに期待してみたり。
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さばね屋さんでは、中島正の猫目こけしや、ブラジルに移民した佐藤三治のこけしなど発見。
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温泉街の至る場所で、通称ウンチコケシこと、肘折系こけしを代表する奥山運七こけしのモチーフを目にしました。一人勝ちの様にも思えますが、現在この意匠を継いだこけし作者は鈴木征一さん一人だけの状況です。
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丸屋旅館。今回の第一候補でしたが、既に予約で満室でした。
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旧肘折郵便局。昭和12年に当時の近代建築の粋を集めて建設されたこの建物は、平成12年まで現役だったそうです。現在は朝市の時に開いて無料でコーヒーが配られます。後で気付きましたが、窓の格子がさりげなく「〒型」の意匠になってます。
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かつての最上木工所(尾形政治商店)だった跡地では、現在、精肉店と土産物店が営まれています。明治33年(工場は大正4年)から工場閉鎖の昭和4年まで、多くの木地職人(奥山運七、佐藤周助、佐藤文六、佐藤丑蔵、佐藤三治、鈴木幸之助、奥山喜代治など)がこの場所で働き、湯治客に向けた温泉土産の木地製品のほか、漆器の塗下などを生産。昭和46年に商店が解体された際には、床下から古肘折のこけしと木地玩具が何点か発掘されました。(『木の花』 6号7号 「古肘折追求」) ...そして現在、尾形氏の家系は肘折の土地を離れて関東に移住。工場跡地である佐々木商店にて、肘折名物くじら餅と温泉饅頭をお土産に購入して、往年の最上木工所があった場所を後にしました。
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温泉街の裏路地にて、かつて運七こけし作者の一人であった奥山庫治さんの店舗跡を発見。工人なき現在も看板だけ残っていました。在りし日の思い出を語るかの如。
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無料の足湯に浸かりながら、朝市で買った朝採れのトウモロコシを味わいました。今旅の提案者で長距離を運転してもらった村野さんと。
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朝市を満喫した後は、再び鈴木征一さんのこけし工房にお伺いしました。旅行前に連絡して木取り(玉取り)をお願いしていた木地で、少し変わったこけしを製作いただくことに...>「肘折温泉(3)鈴木征一さん工房〜チョンマゲこけし製作編」 に続く。

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2014年08月05日

肘折温泉(1)四ヶ村棚田〜佐藤三治のブラジルこけし望郷編

先週末8月2日〜3日に山形県の肘折温泉を訪れました。遥かなれども夢にまでみた肘折温泉です。朝の6時半頃にJETLINKを出発〜休み休み運転しながら、日も暮れようとする16時頃にようやく到着。
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山形県最上郡大蔵村四ヶ村の棚田。 「日本の棚田100選」 に選ばれた風景です。訪れた当日は、夜になると棚田にイルミネーションが点灯され 「ほたる火コンサート」 が開催。満点の星空には夏の星座と天の川が煌々と輝いてました。かつての日本の原風景を思わせる美しい景色がこの地には残っており、現在も地元の方々による懸命な努力によって昔からの景観が維持されています。
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在りし日の肘折温泉は山間の湯治場として木地業が繁栄しており、明治大正時代の最上木工所(尾形政治商店)では、奥山運七、佐藤周助、佐藤文六、佐藤丑蔵、佐藤三治、鈴木幸之助、奥山喜代治など、多くの職人を下請けに湯治客に向けた温泉土産の木地製品などを生産しておりましたが、昭和4年に不況の煽りを受け工場閉鎖。その後、戦前の第一次コケシブーム、戦後の第二次コケシブームの大きな波を経て...
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平成時代になった現在の肘折温泉では、鈴木征一さんが唯一人のこけし作者となりました。肘折系こけしの伝統的意匠を受け継いだ数少ないこけし工人の鈴木征一さんは、奥山運七、奥山喜代治、奥山庫治の流れをくむ運七型こけし、古肘折こけしを復元した柿崎藤五郎(井上藤五郎)型こけし、肘折系木地玩具などをご自身の工房で製作されてます。また鈴木征一さんのお店「鈴木こけし店」では、ご本人製作のこけしや木地玩具の他にも、多くの新品中古品こけしが展示販売されてます。
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店内の展示品より、佐藤三治のこけし群を発見。
佐藤三治(明治30年9月生/佐藤文治次男、佐藤丑蔵弟)は、明治43年に兄の丑蔵と共に肘折に行き佐藤文六に木地を習う。大正7年から昭和5年まで最上木工所の主任を務め上げた後、昭和7年に新境地を目指して遥か南米ブラジルの地に移民。昭和45年に開催された大阪万博の年を機に一時帰国した後は、再び祖国の地を踏むことはありませんでした。没年不明。
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材料名 ブラジルまんが 日本名まんごう(笑)
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あすぶみろくろ(笑) ユーモラスなその作風や署名に思わずクスっとさせられると同時に、三治氏の切実なまでの望郷の想いがその作品から感じ取れます。
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鈴木征一さんのこけし工房の風景です。
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かわいいデザインのストーブを発見。

そして、今旅の共に佐藤三治のこけしを連れてきました。
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拝啓 小生佐藤三治、遥カ南米ブラジルノ地ヨリ、故郷日本ニ望郷ノ念ヲ抱クコト早幾年。此度、積年ノ念願叶イ候ニ付、無事故郷ヘ還ル事ニ相成リ候。涙涙。

>「肘折温泉(2)肘折温泉街〜下駄の音響く朝市編」 と、
>「肘折温泉(3)鈴木征一さん工房〜チョンマゲこけし製作編」 に続きます。

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